ウルフノート

楽しい嬉しいはっぴー美味しい

#10🇧🇷 ピンクのパン屋さん

ホテルを出て最初に向かった場所は、Padaria Dona Alexandrina。通称「ピンクのパン屋さん」と呼ばれていた場所。

余談だが、私の最初の記憶にある光景はピンクの建物だった。大人になって、その建物が実在したと知った時は驚いた。

ピンクのパン屋さんは、残念ながらもうピンクではなくなっていた。

↓ピンクのパン屋さん 2004年7月15日

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↓現在の様子

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時刻は朝の10時。お昼から現地に住んでいるMちゃんとご飯を食べる約束をしていたため、ここでは簡単に済ませようと思いながら入ってみる。

さっそく中へ!と意気込んだら、入口にゲートがある。入り方が分からない。

店員さんは忙しそうだし、どうしたものかと探り探りいろいろ試していると、近くにいたお客さんが入り方を教えてくれ、なんとか入店。

入って周りを見てみると、メニューが一か所にまとめて置いてある。なるほど、メニューを自分で取って好きな席に座るシステムなのか。

とりあえず店内を見渡せる席に座った。

テレビでは、強盗事件らしき何やら不穏なニュースが流れている。

 

メニューを開いてみる。ポルトガル語表記のみで、英語表記はない。

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うーん。でも朝だし、カフェラテが飲みたい。

「Caffè Latte」っぽい単語を探す。ポルトガル語も元をたどれば同じラテン語系だし、なんとなく勘でいけるでしょ!何が来ても飲もう!と思い、端から端までメニューを見てみたけど、それらしきものが見つからない。

でも、あのお客さんが飲んでいるのは、どう見てもカフェラテっぽいんだよなあ。

さすがに横着はやめて、店員さんに聞いてみることにした。が、私のポルトガル語力はほぼゼロ。店員さんも英語はあまり話さないようで、お互い探り探り。申し訳なさを感じつつ、あれこれ聞いてなんとか注文。

そして届いたのはエスプレッソだった。

 

せっかくブラジルに来たので、ずっと食べたかったポンデケージョと、野菜が不足していたのでサラダも注文した。

一口食べたあと、そういえば母に「生野菜は食べない方がいい」と言われたことを思い出したけど、もう食べ始めたから諦めた。

なんだかんだ、美味しくお腹いっぱいになった。

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↓かわいい塩が販売されていた。母へのお土産の一つにした。

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#9🇧🇷 思い出のホテル

ブラジルで最初に向かったのは、滞在予定のホテル「トランスアメリカ プライム パラダイス ガーデン」。
実はここ、私の家族にとって馴染み深いホテルだ。

昔ブラジルに住んでいた頃、プレジオ(マンション)を退去したあと、最後にしばらく滞在していたのがこのホテルだった。ここでみんなとの別れを惜しみ、日本へ帰ったらしい。と言っても、当時9歳くらいだった私はあまり覚えていない。

でも、ここで一つやりたいことがあった。
昔、弟とこのホテルで撮った写真がある。

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この写真と同じ角度で、もう一度写真を撮りたい。というのも、背景には当時住んでいたプレジオが写っているのだ。

初日の部屋は5階の角部屋。荷物を置いて、さっそく窓の外を確認する。

……違う。

昔の写真とはどうやら角度が違うらしく、見えるのは知らない建物ばかりだった。

このあと土日でリオへ行き、サンパウロに戻ってきてからもう一度このホテルに泊まる予定なので、次の部屋に期待しよう。

ひとまず荷物を置いて、ホテルの中や近所を散策することにした。

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ロビーには世界各地の時刻を示す時計が並んでいて、よく見ると今回の旅で訪れる国だった。なんだか嬉しい。
プールとジムもあり、思っていたよりちょっといいホテルだった。

ちなみに英語を話せるスタッフは一人だけで、ほかの方とは基本ポルトガル語。
ポルトガル語がほぼ分からない私は、とりあえず覚えている
「Bom dia!」
を笑顔で繰り出しながらロビーを通り抜け、街へ繰り出していくのであった。

#8 🇧🇷 ついに21年ぶりのブラジル! 2026年7月

🇺🇸を経て、ついに…目的地のブラジル到着!!

グアルーリョス国際空港到着後、早速スタバにポンデケージョを発見し、🇧🇷を感じて内心ニッコニコの私!!!

ただ、そうのんびりもしてられない。

そう、治安の心配だ。ブラジルは、私が今まで1人旅した中で一番治安が悪いイメージがある。

空港を出たら、流れのタクシーには頼らずUberを使うように書いてあったり、ぼーっとしてたら荷物奪われるって書いてあったり…そんなに治安悪かったんだ…昔住んでた頃はそんな記憶ないよー!と、警戒しながら空港を出た。

Uberは手荷物受け取り所で手配したので、周りを警戒しつつ迎えを待つ。

しばらくそこにいたが、荷物をかっさらう子や周りをさりげなく見てる怪しい人はいない…あれ?もしかして、そんなに悪い人ここにはいない……?

壁を背にして周りを見てみたが、そんな人はいなさそうだ。

ちょっとだけ警戒を解いてUberを待つ。

もうすぐ来る…はずが、同じ場所をぐるぐるして一向に来る気配がない。むむ?おかしいぞ…迷ってるのか?

しばらくするとキャンセルされた。えー!なんでや!急いで別のUberを手配する。

待っていたら15分ほどで別のUberが来て、優しそうなおじさんが来た。翻訳機の準備をしつつ英語で話しかけてみたら、"Japan?"と聞かれたので"Yes!"と答えたら、"コンニチハ!"と言われた。"日本語!😆"と言ったら"チョットダケ!"とフレンドリーな笑顔で言われた。安心して乗り込む。

Uberに乗って、先ほど来なかったら運転手のレビューを見てみたら、⭐︎0 だった。もしかして、初手でUber始めたての人引いたの?!逆に運持ってるかもしれない笑

車のラジオから、ボサノヴァが流れている。運転しながらめちゃくちゃ奥さんとメッセージしてるの見えるし、私は知り合いのおじさんの車にでも乗せてもらったのかと錯覚した。気が抜けて少し運ちゃんとお話ししてたら、空港から目的地のホテルまで1時間かかるらしい、と聞いて、のんびりすることにした。昔、親に「窓から腕出してるとバイクの人に腕切られるよ」と脅されたし、今も堂々とiPhoneが見えるようにしてると盗られるとネットに書いてあったから、iPhoneを盗られないように警戒しながら車内を過ごした。

⇩車窓

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#7 🇧🇷 NY ちょっと寄り道

実は、私の両親は昔NYにいたことがあって、グランド・セントラルで写真を撮っていた。1993年12月24日。
母が大体今の私と同い年くらいの時。

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そして約30年後。

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同じ場所で、同じような構図の写真を撮ることにした。
近くを歩いていた方にお願いすると、その方の旦那さんが偶然カメラマンだったらしく、とても素敵な写真を撮ってくれた。

私は母がニューヨークにいた時代を生きていたわけではないけれど、同じ場所に立って同じ景色を眺めていると、不思議と時の流れを感じて、少し感慨深い気持ちになった。

 

7/1 ホテルの2軒横に、Nut Butter Coffee Barというカフェがあった。朝ごはん何にしようか検討していたところ、サクッと食べたいとも思ったので、そのカフェに入ってみた。あま〜い香り。
どうやらコーヒーにもNuts Butterを入れているようだ。通りで。

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そこの食事はどうやらナッツバタートースト一本らしい。とりあえずそれを頼んでみた。
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す、すごいバターの量…!私の人生で未だかつてないバターの量だぜ…!頑張れ私の胃…!!
と思いながら食べた。味はかなり甘かった。食べきれなかった。

灼熱の太陽の元、ブルックリン橋へ。
そういえば職場の先輩とアルバイトの方からブルックリン橋勧められたけど、2人とも夕方の景色の話をしていたような…と思いながら歩く。暑い。14:00。ほんま暑い。水分足りるか…?と思いながら歩く。気温が35度を超える猛暑日だった。それでも歩いていくと、マンハッタンの街並みがよく見えてきた。
とんでもなく暑かったが、立ち止まってじっくり見る。これが世界の経済を動かすニューヨークか、と目に焼き付けた。

預けていた荷物をピックアップして、ジョン・F・ケネディ空港へ。
全部ビックなイメージだったニューヨーク🗽またいつか〜👋

2026.07.01

 

 

#6 🇧🇷 NY、どこへ行く

日本2:00発→4:35仁川空港で乗り換えて、ジョン・F・ケネディ空港へ。
トランジットで4時間あり、韓国からアメリカは14時間かかった。

6/29 割と眠い状態でスタートできたので、飛行機内で時差調整ができ、アメリカについた時には大して眠くはなかった。

アメリカの手荷物受取所で荷物を待っていたら、突然ふくらはぎの後ろに生暖かい感覚が走った。「なんだ⁉︎」と思って振り返ると、そこには麻薬探知犬のビーグルがいた。かわいい。ビーグルを引いている係の人は、鼻歌を歌いながら歩いている。うーん、アメリカ!

アメリカについたら、まずはSOHOエリアで取った宿へ。シャワー共用で、ベットのみの部屋、できるだけお値段抑えめの宿にした。階段のスペースのライトがピンクで海外を感じる。

ニューヨークには2.5日間しかいないため、その日は荷物を置いて早めに移動。まずはベーグルを食べ(3個が基本セットのお店で、アメリカンサイズにたまげる。モチモチで美味しかった。だが食べきれず)足早にニューヨーク証券取引所、自由の女神像を見る。お目当ての雑貨屋さんと、野菜を食べたくなってサラダ専門店のシーザーサラダを買う。(再びアメリカンサイズにたまげる。)

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6/30 8:30くらいに、昨日食べきれなかったベーグルとスタバのコーヒーを引っ提げてセントラルパークへ。
周りをぼーっと眺める。海外って本当ノーリードで多種多様な犬連れてるな。昔、木を家に見立てて、ここが窓!とかやったような気がする、と思いながら木を見ていたらリスがいた。なるほど、これは日本よりリスが身近に感じられて映画とかに出てくるようになるね。うんうん。あ、なんかお腹がオレンジの日本でみたことがない鳥がいる。

そんなことを考えながら朝ごはんを食べ終わった。

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セントラルパークで散歩をしたあと、真横にあったナイトミュージアムの聖地、アメリカ自然史博物館へ。
入ってまずは恐竜の骨格標本がお出迎え。迫力あるー!上のフロアから降りているのが良いらしいということでエレベーターで最上階に行き、まずは恐竜フロアへ。小学生たちらしき子がわんさかいる。

その近くにあったカルノサウルスの説明書で、「カルノサウルスは昔は背が立っていて尾を引きづっているような姿勢だと考える学者がいたが、1915年にアメリカ自然史博物館が尾が水平になっている姿勢を提唱した」というような記述があった。だいぶ大きな方向転換だなあ。それまで信じていたものに対してだいぶ大きな変換を突きつけられて、前説を信じていた学者はどんな様子だったのだろうと思った。と同時にアニメ、漫画の「チ。」を思い出した。

 

アメリカ自然史博物館、足早で3時間くらいで終わらせよーって思ってたら4.5時間くらいいた。(もっといたかった)
特に好きだった場所は、各地域の生き物や植物を再現したスペース。
このブースを見た瞬間、既視感を覚えた。(写真がなかったのでストーリーのスクショ)


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あれ、私…ここにきたことが…ある?!いやないよ!!!な、なぜこんなに既視感が…?!?!
そして思い出した。私が大好きなライブカメラ、ナミビアの砂漠のライブカメラを…
https://www.youtube.com/live/ydYDqZQpim8?si=T4RTVGT3CZa9u21C
機会があったらぜひ見てほしい。特に日本時間で夜は、向こうが明るいので動物たちを見やすい。春はダチョウやイボイノシシの赤ちゃんがやってくるし、オリックスはよくたむろっている。日々移ろっていて楽しい。
アメリカ自然史博物館の展示は、見ていて楽しかった。アングルがとても格好良かったり、よくよく見たら小動物がいたり、肉食動物はこちらを見ていて目が合うことが多かったり。展示を作った人のこだわりを感じた。
あと、昔マチュピチュに行ったことがあるからかインカ帝国の展示は見ててよかった。

 

夕方の用事が終わり、ついにVillage Vanguardへ。
真っ赤な入口が見えてテンションが上がった。その日はSax, Drum,Piano,bassのカルテットで演奏していた。
知らない曲ばかりだったけれども、“大人の遊び”のような品を感じる演奏だった。今でもリズムを覚えている曲がある。私も遊ぶように演奏できるようになりたい。

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2026.06.30

#5 🇧🇷 この思い出の断片はどこにあるのか

ブラジルで行きたい場所を改めてピックアップしてみた。

①住んでいた建物

②コラソン(ハツ)を狂ったように食べていたシュラスコ

③私の最初の記憶であるピンクの建物のパン屋さん

④昔狂ったように茶そばを食べ、もはや食べ過ぎて嫌いになりかけたお店
⑤ビーフストロガノフが美味しかったポルキロ(ブラジルの量り売りスタイルのレストラン)

⑥カポエイラを習ってた場所

…こんな感じで15箇所くらいあった。

母にそれぞれどこにあったか聞いてみたところ、パン屋さんなどは覚えているそうだが、シュラスコとポルキロの場所がわからないということだった。

そこで、昔母がブラジルにいた頃の写真たちや、資料たちをひっくり返して調べてみることにした。

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写真を見返していると、一枚の写真に目が留まった。私が狂ったようにコラソンを食べていたシュラスコのお店なのだが、この写真にはなんと制服にロゴがあったため、レストランの名前がわかった。急いで名前を調べたところ、そのお店はもうすでに閉店していた……

一方、ポルキロは、Google Mapと睨めっこしながらこの道のこのポルキロでは?とあたりをつけた。ただ、Google Mapの写真をみてもあまりピンと来ない。
あのビーフストロガノフはもう食べられないのかな… いやでも…どこかで食べられるといいなあ…
そんなことを思いながらそのお店を「ブラジルの行きたい場所リスト」に保存した。

2026.06.14

 

 

#4 🇧🇷 旅行の詳細ルートを決めよう

ブラジルに行くことと、なんとなくの日程は決まった。ルートはどうしよう。

ブラジルに直行して暮らすようにのんびり過ごすのもありだけど、直行便はないし、何より片道24時間くらいするから、腰が死にそうだ。どこか中間地点で休憩がてら観光したい。

悩んだ結果、行きはニューヨーク、帰りはパリを経由することにした。

私はBill Evansが好きで、Waitz for Debbyが録音された場所、Village Vanguardに以前から行ってみたいと思っていたから、ニューヨーク。

La Galerie Dior に行ってみたいからパリ。

(アメリカでは他にもスパイ博物館やアンディ・ウォーホル博物館とかも行きたかったけど、アクセスが悪すぎてやめた。)

イレギュラーなルートなので、一行程ずつ地道に調べていく。

日本→ニューヨーク、ニューヨーク→ブラジル…一区間ずつ調べていく…到着時間は暗い時間だと危険な可能性があるからできるだけ明るい時間着で…できるだけ時間とお金がバランスがいいフライトで…とGoogle検索と睨めっこ。最終的には管理を楽にするために宿も含めTrip.comで予約をした。

私は、一人旅だと行きたい場所を詰め込んでいくタイプ。ChatGPTに相談しながら旅程を組んでいたら、「タフな旅程提案」というタイトルになっていた。

まあ気力と体力には自信があるので、なんとかなるでしょう!と思いながら旅程を詰めていった。

 

↓昔住んでいた建物の一階で遊んでいる図

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2026.04.15